高林陽展(2011)「精神医療専門職の再検討」

高林陽展(2011.10)「精神医療専門職の再検討――20世紀初頭イングランドにおける精神科医の職業構造を中心に」『精神医学史研究』

 19世紀末のイングランドでは、私立精神病院で患者の違法監禁事件が多発していたため、1890年狂気法によって新たな私立精神病院の設立を禁じられたが、精神科医らの働きかけによって軽症患者の予防的治療(早期治療)を制度化する1930年精神治療法が成立した。この働きかけの意義として、高林は精神科医の職業構造に注目し、私立精神病院での職が期待できなくなった精神科医にとって顧問医という民間開業医の職域に職務の可能性が見いだされた点を指摘する。
 それを主張するために、高林はこの論文で、これらの法律が成立した1890年と1930年における精神科医の職業構造を、Journal of Mental Science の記事や Medical Directory を使って分析した。9つほどに分かれていた精神科医の区分それぞれが全体に占める割合を1890年と1930年で比べると、顧問医や開業医の割合が増えている(それぞれ15.5%から21.3%、8.3%から17.0%)のに対して、私立精神病院経営者や民間施設院長の割合は減っていた(数は横ばい)。顧問医はまた、篤志一般病院に働きかけて、そこに新設されはじめた精神科でも仕事を獲得していった。
 高林はほかの論文で、第一次世界大戦期の戦争神経症の多発によって精神疾患を特別視できなくなっていった事例や、慈善事業の商業化のあらわれとしてのホロウェイ・サナトリアムのスキャンダルなど、同じ時期の興味深い事例をとりあげている。それらに共通するのは、職能集団としての精神科医の利害への注目である。高林が紹介するように、ピクストンは20世紀の医療福祉政策を、「生産重視医療(productionist medicine)」(労働力の強化)、「コミュニティ重視医療(communitarian medicine)」、「消費重視医療(consumerist medicine)」(自由市場)に分類しており、高林はこのうちの3つめのモデルとして専門家の利害に注目した。しかしこのモデルのなかでも、需要者としての患者などが精神科医の変容に寄与した側面も存在するだろう。
 なお、7月9日の口頭発表によると、高林は今後、前二者の複合型にも着目していくようである(http://web.hc.keio.ac.jp/~asuzuki/BDMH/LayersofHistory/Takabayashi201107.pdf [pdf])。