宮脇昭が1960年代に参加した主な調査報告における提言

(MEさん、TKさんのご協力により、付録がひとつ完成。)



付録x 宮脇昭が1960年代に参加した主な調査報告における提言


・ 宮脇昭・大場達之(1963)「南アルプス植生調査報告」『南アルプス塩見岳荒川岳赤石岳付近の学術調査報告』(日本自然保護協会調査報告第4号): 56-67.

7. 植物生態学的見地から立地保存の要望
 1. 高山性荒原植生や高山崩壊地の遷移の各段階を示す先駆植生の保護は、数少い我が国の高山植生保存の立場からきわめて重要である。とくに南アルプスでは、北アルプスや東北、北海道の高山に比して、雪の少い高山植生の科学的研究、景観保護、さらにこのような立地に生息する動物群集保護の立場からきわめて重要である。荒川岳周辺は、その1つの中核と考えられる。
 2. ハイマツ群落は、各山嶽ともよく発達している。生育南限に近い赤石山系のハイマツ群落は、研究対象、雷鳥保護の点からも貴重である。
 3. シラビソ・オオシラビソ林は、亜高山帯植生の典型的なものである。相観的には、全く均質に見られるが、前述の通り、立地の微局的なちがいから、群落相が変ってくる。したがって林分の具体的研究と相観・景観保持の立場から、できるだけ広範囲の保存が強く望まれる。(p.63)


・ 宮脇昭・大場達之・村瀬信義(1964.03)「第2部 丹沢山塊の植生」国立公園協会編『丹沢大山学術調査報告書』神奈川県: 54-102.

II. 調査法
 (1)植生調査、(2)相観を主とした植生(地)図および植物社会学的群落単位の決定、(3)それによる植生図作製の3つの調査が平行してすすめられた。(p.57)
〔提言は特になし〕


・ 伊藤秀三・手塚映男・宮脇昭(1964)「針ノ木岳周辺地域の植生」『大町事業区扇沢針ノ木周辺の観光資源およびその保護開発に関する調査報告』(日本自然保護協会調査報告第11号).63-90.

V. 自然保護
 〔・・・〕調査地域の植生を総括的に概観すると、1. 地形が急峻かつ変化に富み、それに応じて各種の群落が発達していること、2. 各種群落は小規模ながら一応それぞれの特長を具えていること、3. なだれによる高山植物の下降がみられること、4. 全体的に景観の変化に富むこと、がこの地域の特色といえよう。これらの特色は国立公園として小規模ながらまとまりをもっており、公園利用者に与える審美的・教育的効果が高いと思われる。
 自然の保護に際しては、特定の群落(たとえば高山草原)だけでなく、地域内に発達する各種の群落を総合的に一大団地として保護されるよう区域を定めるべきである。もし特定の群落だけに保護が講じられたのならば、それはその地域を代表するものとはいえず、その地域の自然を保護したことにはならない。
 このような観点から、籠川流域においては爺ヶ岳南尾根‐扇沢口‐蓮華岳を結ぶ線より上流の地域一帯を保護区とすべきである。この中にはブナ帯より高山帯に及ぶ各種の群落がふくまれており、国立公園の中核部にふさわしい場所である。その上この地域は地形が極めて急峻で冬期には常になだれを見る所であるから、土地保全の立場からも保護すべき場所である。もしこの地域の森林が伐採等によって失われたとすると、国立公園にふさわしい自然景観を失うだけでなく、なだれの乱発による土地の荒廃と変貌は著るしく、森林の自然的な復元はもとより植林による復元さえも不可能となる。このように上記地域の保護は国立公園の利用からも土地保全の立場からも是非とも必要なことである。(pp. 82-83)

VI. まとめ
〔・・・〕
 最後に、一連の調査を通じて考えられたことは、この地域の植生は、学術的に高い価値を有するものであり、自然景観および土地保全のために保護するとともに、教育・観光の面においても国立公園の中核部にふさわしい具体的施策をこうずることができれば、国民の福祉のためきわめて有意義な場所になるであろうということであった。(p.84)


・ 横山光雄・井手久登・宮脇昭(1967.06)「筑波地区における潜在自然植生図の作製と、植物社会学的立地診断および緑化計画に対する基礎的研究」『研究学園都市における緑化計画』日本住宅公団宅地事業部事業計画第二課: 1-20.

V 緑地(化)計画に対する植物社会学的提案
 緑地計画や緑化計画を恒久的な観点から行う場合に、もつとも基本的な資料は、植生図、とくに潜在自然植生図である。
 屋敷林、並木、防風林、防風垣根、グランドカヴアーなどの植栽樹種には、できるだけ、それぞれの立地の潜在自然植生または、その代償植生の構成種の中から選ぶのが、もつとも確実で、長持ちする郷土の実観〔美観?〕となりまた警官を育成することになる〔・・・〕。
 自然公園や都市公園の設定や、植栽・管理にも、同様に潜在自然植生図を基礎に行うのが、確実な方法である(Tuxen 1961 他)。(pp.10-11)

2 自然公園、都市公園地の設定場所と緑化
 自然公園や都市公園設定場所としては、潜在自然植生および、それに対応する立地の質が、均一でなく、できるだけ多彩な方が、多様な樹木や草本植物による変化に富んだ公演の設定を可能にする。(p.11)

 〔・・・〕自然公園予定地としては、潜在自然植生が単純なシラカシ林域を避けた方が、植生学的に見た土地利用法としては変化があつて好ましい。(p.15)

摘要
5. 潜在自然植生図を基礎に、各群落域の立地診断、とくに住宅域として〔の〕利用の妥当性の問題についても植生学的立場から論ぜられた。
6. さらに自然公園、都市公園の設定場所や緑化植物の選択ならびに並木、屋敷林、防風林および垣根などの植栽樹種選択基準の基本的問題についても、潜在自然植生図から可能な範囲で論及した。(p.16)


・ 宮脇昭・伊藤秀三・奥田重俊(1967.08)「会津駒ヶ岳田代山帝釈山地域の植生」『会津駒ヶ岳田代山・帝釈自然公園学術調査報告書』(日本自然保護協会調査報告第29号): 15-44?.

III. 植物社会学の立場からみた自然保護
1. 植生と景観の特徴
 上記のように、駒ケ岳山系には針葉樹林と低木林と雪田植生が共存し、尾瀬ケ原・田代山系とは異なった景観を呈し、前記両地区の中間的景観ということができよう。
 以上、尾瀬ケ原・田代山系・駒ケ岳山系を比較してみると、それぞれ、植物社会学的にも景観的にも特色があり、いずれも慎重に保護される価値がある。
2. 自然保護についての提案
 〔・・・〕前項にのべた田代山系・駒ヶ岳山系の特徴的自然景観を保護するには、田代山系については亜高山性針葉樹林および湿原の全体的保護が必要である。湿原部分だけに関しては、歩道を湿原から迂廻して周辺を通過させるのが望ましい。湿原は人による踏圧に弱く、破壊されやすいことは、尾瀬ヶ原ですでに実証されている。したがって、湿原地に踏み入らせないことが湿原の保護に必要な手段である。
 会津駒ヶ岳山系については、山腹のブナ林をふくめて尾根部まで保護する価値がある。尾根部の雪田植生は湿原と同じく、踏圧に弱いので、歩道をはっきりさせ歩道以外への立入りを禁止するのが、保護のための必要な手段である。
 以上の観点から、調査地域の自然保護を期すためには、田代山系・会津駒ヶ岳山系ともに、海抜1,500mの高海抜地を特別保護地区に指定する必要がある。
 さらに特別保護地区周辺で、巾300m以上の景観保護地域を設定し、緩衝地帯とすることがのぞましい。(pp.39-40)


・ 宮脇昭・藤原一絵(1968.03)「伊勢志摩国立公園域の植生」『伊勢志摩国立公園計画再検討並学術調査報告』(日本自然保護協会調査報告第11号): 113-155.

III. 国立公園域の保護と復元に関する植生学的考察
 上述の植生調査結果からも明らかな様に伊勢志摩国立公園は、我が国の国立公園の中では大都市圏に近く、古くから人類が定住して、多様な自然に大きな干渉を与えてきた地域が指定されている特殊な例である。したがって、神宮林、海岸沿いの残存自然植生を除いた、大部分の地区はすでに自然植生は破壊されて現在では代償植生によって占められている。
 一方、名古屋、京阪神などの大都市圏に近く、今後観光道路建設や観光諸施設の増大などによって、残された自然植生や半自然生景観まで破壊される危険性が高い。したがって、大都市近郊の国立公園としての特性を十分生かして、中核となる神宮林、その他の社寺林、斜面、海岸沿いの自然林の保護と復元に努められるべきである。その際、それぞれの立地固有の潜在自然植生の復元や、それぞれの潜在自然植生の許容する範囲の持続群落としての代償植生を復元または存続させるのが、もっとも理想的な管理、保護、復元の方法といえる。
 神宮林、伊雑宮林、九鬼神社林、松下社林、今浦神社林、村島神社林、東宮神社林などの神社林や御座岬、南島町贄浦、安乗崎などの海岸林、浜島町弁天島などの島しょ林などのイチイガシ群集、タブ‐ヤブラン群集その他の常緑広葉樹林に含まれる伊勢志摩国立公園域の典型的自然林の保護と復元はもっとも重要である〔・・・〕。
 具体策としては、自然林構成主要木をできるだけ伐採しないと同時に低木や林床の草本層を破壊する下草刈りや林内放牧、自由に入りこむなどの行為を停止して、多層社会としての森林全体が十分保護される様な管理が望しい。また神社林などの様に自然林がせまくても長い間人間の生活域で存続してきたのは、樹林が耕地、道路、草地などの解放景観域と接する林縁がマント群落の陽生低木やツル植物と草本類によるソデ群落によって十分保護されていたためと考えられる。したがって、伊勢志摩国立公園の様に古くから住民が定住し、自然の改変が行われた地域の中核になる残存自然林の積極的な保護には林縁の保護がもっとも重要な前提条件となる。(p.144)
 またリアス式の複雑な海岸線が1つの特徴となっている本地域では、海外線ぞいの植生の保護も景観上重要である。一般に断崖性の海岸が多く、海蝕も甚しく、したがって、景観保護と海岸保全の立場からもっとも”弱い景観”の1つと考えられる海岸斜面草原のキノクニシオギク‐アゼトウナ群集や断崖植生のウバメガシ‐トベラ群集の保全は基本的な公園管理問題と言える。(p.145)

 〔・・・〕その〔開発・利用策をたてる〕際、現存植生のみで判断することは、先見的な公園復元・管理計画をたてる上には不十分である。したがって、それぞれの立地の潜在自然植生を正しく把握し、潜在自然植生の復元または、潜在自然植生の許容する範囲での代償植生の維持が、自然公園の保全・管理の基本となる。伊勢・志摩国立公園域の海岸近くの潜在自然植生はタブ‐ヤブラン群集がもっとも広い範囲を占めている。内陸側の土壌の深い適湿の立地はイチイガシ群集域と考えられる。
 イチイガシ群集のもっとも典型的な植分は伊雑宮(いざわのみや)林に見られた。したがって、伊勢・志摩国立公園の中核となる神宮神域林や伊雑宮神社林などの社叢や海岸ぞいの残存自然林の保護が、十分行われる様期待したい。(p.149)


・ 宮脇昭・大場達之・奥田重俊・中山洌・藤原一絵(1968.03)「越後三山・奥只見の植生(新潟県福島県)」『越後三山・奥只見自然公園学術調査報告書』(日本自然保護協会調査報告第34号): 57-152?.

III 植物社会学的立場からみた自然保護
2. 植生保護についての提案
〔・・・〕
 具体的な平ヶ岳湿原保護に対する提案としては行政的には尾瀬と共に日光国立公園編入して、特別保護地域に指定されることが望まれる。山頂付近の湿原はもとより、湿原をとりまく雪田、高茎草原、風衝低木林ならびにオオシラビソ林、ブナ林も景鶴山(2, 001m)を通じて尾瀬と続いている。したがって植生学的にも、また景観的にも日光・尾瀬と一体となるべきものである。
 具体的な保護・管理に際しては、”弱い植生”である湿原内への人の立ち入りをできるだけ制限するため、最低限の木道付設による歩道を設定する。歩道以外への立ち入りは完全に禁止する。また湿原周辺の保全にも十分注意を払い、周辺からの水位の変化、富養化による立地や植生の破壊をできるだけ避けるように十分な管理・指導が望まれる〔・・・〕。
 1900年前後のヨーロッパ各国などのように、かつての自然保護は、自然が十分残されており、科学的にまたは景観的に貴重な対象はできるだけ一般市民から隔離して保存しようとされてきた。しかし最近では都市住民の増加と一般市民の科学的な自然観察眼の向上に伴い、一方では一般市民の科学教育や保養地としての機能も果しながら、他方では科学的な研究や国土の代表的景観として十分存続さすように保護管理するのが国際的傾向である。
 海抜1,500m〜2,100m前後の中級山岳群が比較的自然に近い形で存続している本州中部の偏東季節風帯の植生を広域的に保護しながら、一方では自然教育や国民の心身の保養の場として利用することも必要であろう。
 したがって、できるだけ広い範囲を国定公園に指定して、植生や景観の質に応じた保護と利用を行なうことを提案したい。その際、植生についての我々の調査結果や植生図が景観診断や自然保護の基礎としても十分に利用されることを期待したい〔・・・〕。(p.146)

摘要
〔・・・〕
 海抜1,600m以下に生育していたブナ林の多くは伐採されている。したがって、浅草岳〜只見間のブナ林など残存しているチシマザサ‐ブナ林はできるだけ日本海側多雪地帯の代表的夏緑広葉樹林として存続さすことが望しい。
 また調査対象地域の50%前後を占めている日本海側の偏東風域特有の矮生低木林であるミヤマナラ林は、春先の雪崩れによるもっとも”弱い景観”の代表的なものである。したがって、基盤の動かない屋根上に筋状に生育しているキタゴヨウ、クロベ、コメツガの針葉樹林と共に山崩れ防止などの保安上の見地から破壊されないよう保安林として現状のまま存続するように留意することがとくに必要である。(p.151)


・ 宮脇昭・藤原一絵(1968.03)「尾瀬ヶ原湿原植生の研究と植生図の作製 湿原植生破壊の現状診断と復元への生態学的基礎」吉岡邦二編『一次生産の場となる植物群集の比較研究』(文部省科学研究費特定研究「生物圏の動態」昭和42年度報告): 46-60.

VI. 植生復元への考察
 破壊され裸地化している地点の植生復元については、1966年度の調査結果(宮脇・藤原 1967)の遷移摸式を基礎に再考察を行つた。すなわち、現段階での一応の群落単位が決定したので、人為的影響の増大に伴う群落の交代系列をまとめた(Abb.4)。
 湿原の人為による破壊によつて生ずる代償植生の種類は自然植生の種類によって異る。池沼やSchlenkeのクロバナロウゲ−ミツガシワ群集、ヤチスゲ群集、ホロムイソウ−ミカズキグサ群集の場合は、シカクイ−ミヤイヌノハナヒゲ群集を経て立地の水田状の変化に対応して、そのまま裸地化する。
 イボミズゴケ群集、ムラサキミズゴケ群集などBult上のミズゴケ群集は、まずミズゴケ類が消滅して中間湿原のホロムイスゲ−ヌマガヤ群集の典型亜群集を経てミタケスゲ群落の各群に移行する。次いでオオバコ群落の各群を経て裸地化にむかう。
 中間湿原では、ホロムイスゲ−ヌマガヤ群集がそのまゝ、または典型亜群集を経てミタケスゲ群落の各群と交代する。さらにオオバコ群落に各群を経て、ついに裸地になる。
 このような群落の交代は、それぞれの立地の質の変化に対応している。
 裸地え〔ママ〕の植生の復元には、播種・移植などいろいろな方法が考えられる。何れの場合にも、各立地の自然植生の人為的影響による退行遷移した各段階と、それに対応している立地の質の変化を十分理解しておく必要がある。すなわち、かつての湿原の立地が人為的影響により乾燥したり富養化した場合に、その新しい立地にいきなりもとの自然植生の構成種を移植したり、播種しても、自然植生を直ちに復元さすのは困難な場合が多い。
 したがって、立地の質に応じた漸進的に復元する方法が、多少時間はかゝつても、より確実であると考えられる。この場合、植生復元の可能性は、人為によつて生じた退行遷移の逆を行えばよい(Abb.4)。
 具体的には、裸地にオオバコ群落をとばして、ミタケスゲ群落をまず復元することである。立地の湿つているところではヤチカワズスゲ、乾いているところではミタケスゲを主として播種または移植する。その後、人の立ち入りを規制すれば、次第に自然植生に向つての二次遷移の進展が期待される。
 復元についての各地区の具体的処方には、全域の植生図の完成をまたなければならない。

おわりに
 尾瀬ヶ原を中心とした湿原の自然保護のための生態学的調査は、ようやく明るい見通しが得られた。今後さらに尾瀬ヶ原湿原の植生についてより深く、広い調査・研究を行うと共に、日光の戦場ヶ原、霧ヶ峯、福島県枝折峠の湿原など、広く我が国の湿原植生の比較調査を発展さすことが強く望まれる。
 我が国の山地湿原ならびに北方湿原の自然度の測定と復元のための基礎が確定すれば、それはほゞおなじ種組成と生態をもつ北半球全域の湿原植生の保護と復元のための理論的基礎となるはずである。
(p.56, p.59)